土曜日, 5月 13, 2006

■西尾幹二の内部告発は、きわめて文学的な行為だ。

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●西尾幹二の内部告発は、きわめて文学的な行為だ。


これは、直接的には文壇や文芸誌とは関係ないが、きわめて文学的だと思うので、ちょっと触れておきたい。いわゆる「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛騒動のことである。

 私自身は、思想的にも政治的にもかなり共感するが、会員でもないし、関係者でもないので、その内紛騒動の実態については詳しくは知らない。新聞報道と西尾幹二のブログからの情報程度である。要するに外野席から、眺めて楽しんでいる無責任な野次馬でしかない。しかし、私は、一部の良識派文化人が言うような意味で、この内紛騒動が無意味だとか、不毛だとは思っていない。むしろ、逆である。当初は、この内紛騒動の主役は前会長で、更迭されたり復帰したり、そしてまた辞職したりを繰り返している八木秀次かと思っていた。だが、よく見ていると、次第にこの騒動の主役は西尾幹二であるということがわかってきた。むろん私は西尾幹二を内紛騒動の責任者として批判しているわけではない。むしろ、逆だ。そこで私はホッとしたというのが正直な感想である。

 西尾幹二は、もともとはニーチェの翻訳などで知られたドイツ文学者として出発し、そして早くから文壇や文藝ジャーナリズムで、それほど派手な存在ではないが、数少ない貴重な保守系の文藝評論家としても活躍していた人である。後に、歴史教科書問題等に打ちこみ、三島由紀夫や江藤淳などが去った論壇で、新しい保守思想家として一家をなし、保守論壇やアカデミズムやジャーナリズムの世界で華々しく活躍し、今は保守論壇の重鎮として多角的な顔を持つ存在なわけだが、しかし私としては、やはり文藝評論家・西尾幹二というイメージが強い。

 言い換えれば、この「つくる会」の内紛・騒動の意味は、文藝評論家・西尾幹二という観点からしか解けない問題だろうと、私は推測する。おそらく、政治や思想という次元でのみ、この内紛・騒動を読み解こうとすると、厳しい内部告発に至る西尾幹二の焦燥感や暗い情熱の意味が理解できないだろう、と思う。その意味で、私は西尾幹二を突き動かしている焦燥感と暗い情熱に興味がある。それはきわめて文学的、芸術的な問題である。それは世界や人間に対する根源的な違和感である。話し合えば解決するというようなレベルの問題ではない。

 たとえば、西尾幹二は、ブログの中で、次のように書いている。

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 ≪私が心配しているのは日本の保守政治のこれからの流れである。進歩的文化人や左翼リベラリズムへの敵愾心で自己を保ってきたこの潮流は、ひたすら左ばかり見ていて、知らぬ間に右のファナティシズムとの境界線を曖昧にしてきた嫌いはないだろうか。≫

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 今更、言うまでもなく、西尾幹二や、あるいは西尾幹二の先輩格に当たる小林秀雄以後の多くの保守系と言われる文藝評論家や作家たちは、「左のファナティシズム」を批判し、攻撃してきた。そしてその批判攻撃の成果は、今や、大きな花を咲かせようとしている。「保守反動」として罵倒され、差別されてきた保守派は、今や論壇やジャーナリズムの中央に立つようになっている。保守思想家を「保守反動」と言って批判・罵倒する人はもはや存在しない。

 では、問題は解決したのか。保守思想家や保守系の文藝評論家たちの思いは達成せられたのか。

 そこに西尾幹二の焦燥感と違和感の根拠がある。その焦燥感と違和感の対象となっているものを西尾幹二は、「右のファナティシズム」と呼んだのであろう。言い換えれば、右であれ左であれ、要するに思考停止した「ファナティシズム」こそが、保守思想の真の敵なのだ。つまり、保守思想はファナティシズム批判として存在していたはずだ、ということだ。

 その意味で西尾幹二の蛮勇を私は貴重なものとして高く評価する。つまり、これを言い換えれば、文壇や文芸ジャーナリズムにも「西尾幹二」が必要だということだろう。残念ながらいないのである。「冷静に、粘り強く、話し合いで解決していきましょう…」(笑)というような、世渡り上手な似非紳士、似非政治家モドキばかりが跋扈している。

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