火曜日, 5月 02, 2006

■屋山太郎は「改革」馬鹿だったのか・・・。

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★屋山太郎は「改革」馬鹿だったのか・・・。

僕は屋山太郎という人物が嫌いである。いつも一段上から物を言うタイプの人で、他人と対等の位置で話をしているところを見たことがない。こういうのを、ちょっと難しく言うと、「形而上学的」ということになる。つまり弁証法的な対話ではなくモノローグである。どこかに「真理」があり、その真理の代行者として神のごとく振舞うというスタイルだ。

当然だが、こういう人の話はいつもお説教調で、命令口調になる。自分も間違っているかもしれない、という危機意識と自意識が皆無なのだ。それがいやなのだ。

この人は、僕に言わせれば、きわめて軽薄な進歩派、改革派である。しかし、保守系新聞「産経新聞」に頻繁に登場して、保守文化人を気取っている。明らかにミスキャストだと思うが、誰もそうは思わないないらしい。

さて、今朝の産経新聞「正論」にも、例によって噴飯物の安っぽい「改革礼賛論」を書いている。むろん、冒頭では郵政政局で自民党を離党した亀井静香氏の「談合擁護論」を批判し、末尾で小泉の郵政民営化の功績を礼賛していることからも明らかなように「小泉改革バンザイ論」である。言い換えれば、時の権力べったりの体制派ジャーナリストであるということだ。

たとえば、無原則な市場原理主義的な改革が日本の「古き、良きモラルや規範」を壊してしまった、という最近、ジャーナリズムでちょっと流行になりつつある「小泉改革批判」的風潮にたいしては、「市場原理を否定したからといって、その弱者が救われるわけではない。」「改革のせいで精神が廃れたのではなく、精神の荒廃は教師や教育内容が悪いからだ。」と切り捨てる。

かなり笑える単純素朴な改革論の論理だが、これは「お説教文化人」によくある幼稚な論理パターンだ。ならば、最近、「国家の品格」という「小泉改革」を批判するベストセラーで売り出し中の保守派論客・藤原正彦にでも喧嘩を売って、論争でもしてみてはどうだろうか。まあ、無理だろうけれども。(笑)


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